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2分でわかる「ナイトフラワー」考察、起承転結と3つの謎、結末。激鬱な哀しいラスト。

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映画、ナイトフラワー。

あまりにも救いのないラストで見た後3日くらい憂鬱になりました。

この記事では映画の起承転結と見た方の中で話題になっている4つの謎について説明していきたいと思います。

まず1つ目、【海は死んでしまったのか。】

海の笑顔についつ「最期の笑顔は愛する人を守れた満足感」と考察されていますが、彼は最期に「 多摩恵守れなくてごめん」という旨のセリフを残していますよね。

このことからも、守りきれなかった無念を抱いたまま、自分が好きな海ではなく山に埋められてしまったと考えるのが自然です。

その後、サトウたちが 多摩恵の元へ向かい、「主人公の居場所を言え」系の3つの質問をしたのでしょう。

もちろん、夏希達を大切に思っている多摩恵が口を割るはずはなく、そのままダンベルで殴られて亡くなってしまったと考えるのが自然です。

2つ目【ラストシーンは現実か?幻想か】

ラストシーンでは、タイトルでもあり作中で何度も夜にしか咲かないと強調されていた「ナイトフラワー」が、昼間であるにも関わらず咲き誇っていました。

これは、あのラストシーンが現実ではなく、主人公の妄想や走馬灯、あるいはありえない世界であることを示唆していると考えられます。

ジムでボコボコにされていたはずの多摩恵がピンピンしていたのも不自然です。

多摩恵はジムで殺害されてしまっていたのでしょう。

したがって現実にマンションに来たのは多摩恵ではなく、「死んだ大学生桜の母」であり、桜の母は外で小春を銃殺した後に小太郎を銃殺したのではないでしょうな。

つまり夏希以外、全員命を失うバッドエンドだったのではないでしょうか。

3つ目【海が多摩恵に話していた紫色の海とは】

ナイトフラワーでは赤が生、青が死を意味する様に効果的に使われています。

そうした赤と青のあいだに浮かび上がるのが、海が語った「紫の海」でした。

海は子どもの頃、親がいなくなった時に見た海が紫に見えたといいます。

本来、海は紫には見えません。

つまりそれは、現実の色ではなく、海の心が見てしまった“異常な色”だった。

赤でもなく、青でもない。

生に必死にしがみつく側でも、完全に夜へ沈みきった側でもない。

紫という色は、『ナイトフラワー』において、生と死、そのどちらにも完全には属さない「境界」を示しているように思えます。

海が見ていたのは、美しい景色というよりも、生と死の境に立たされた瞬間の世界だったのかもしれませんね。

4つ目【サトウが多摩恵にした3つの質問とは?】

海と多摩恵が消された(殺害された可能性が極めて高い)のは、単なる口封じではないと思います。

サトウが彼らの瞳の中に、夏希のような「愛する者のために地獄を生き抜くための圧倒的な執念」を見出せなかったからではないでしょうか。

よってサトウは夏希が本当に生かす価値があるのか、 夏希がほんに子供を愛しているか、そういう内容の質問だったと考えられます。

サトウにとって、夏希のような「なりふり構わず子供を守ろうとする狂気的な母性」は尊敬や憧れの対象だったと思います。

しかし海は多摩恵への淡い恋心や善意で動いており、多摩恵もまた夏希への同情という、サトウから見れば「甘い感情」で危険な領域に踏み込んでいたと考えられます。

しかし、星崎桜の母・みゆき(田中麗奈)による復讐の連鎖が、関わった者すべてを等しく飲み込んでいった結果なのではないでしょうか。

みゆきは子供を失っても生き続けるという罰を夏希に与えたのでしょう。

冒頭で夏希が夜の店で働くシーンは、夏希が子供を失ってからの場面だと思われます。

 

 

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